部屋と片付けと私

部屋の片づけができない、と言うと「それくらいで人は死なない」と笑って済まされることが多い。
実際、ハウスダスト・アレルギーがよほどひどくなければ、生死には関わらないだろう。
しかしリビングを占拠して家族の入室さえ拒む倉庫部屋で生活している人を身近で見てきて、肉体は死なないかもしれないが社会的に死ぬのではないかと思う。

8畳部屋の真ん中にコタツを置き、布団が合体している。
それ以外の部分は雑誌、新聞、洋服などが無秩序に積み重なって地層を作り、当然床は見えない。
タツの天板の上にはレシート、メモ用紙、新聞、ボールペンなどが積み重なって山を築いており、湯飲みひとつ置くスペースもない。
半年前のレシート1枚でも捨てると「私の大事な物は全部捨てられる」と大騒ぎになる。
一度、この山を分類して積み直したところ地層の下の方から未使用の電子辞書が箱のまま出てきてあっけにとられた。
箱から出してみると設定ができず諦めたようなので電池を入れて初期設定を済ませ、すぐに使えるようにして目立つところに置いた。
「あ り が と う」と物凄い勢いで睨まれたので二度とやらない。

部屋を外から見られたくないため障子とカーテンを閉め切って換気をすることもない。
電球が壊れたが工事の人を呼びたくないので自分で適当に配線し薄暗い明りの下で同じ形のアクリルたわしを100個近く編んでいる。
孫の幼稚園バザーで喜ばれたとアクリルたわしを編み続けている。

それが私の母だ。

仕事はできるし周囲からの信頼もあるが日にちの感覚がずれていて時々無断欠勤する。

キッチンはさらにカオスだ。
食べ物を捨てることを母は絶対に許さない。
冷蔵庫の中に謎の液体が入ったビニール袋がある。
目の前で捨てると怒りだすので、母のいない時を見計らいビニール袋の中身を確認した。
余った野菜を醤油などで浅漬けにしてそのまま忘れたらしい。
溶けた野菜らしき物が浮いている液体。
同じようなビニール袋をどんどん捨てると奥の方から謎の液体が入った瓶が出てくる。
これも捨てる。

キッチンの床に列を作っている鍋が臭うので蓋を開けるとカビの生えた味噌汁や煮物が入っている。
捨てたことがバレたら大騒ぎになるはずなのだが、キッチンのカビた物、溶けた物が減ったことに母は気づかない。
存在自体を忘れているらしい。

テーブルに何日か出したままの煮物を私に「食べなさい」と言うのも日常だ。
その煮物の器の端に等間隔で並ぶ白い楕円形の粒はどう見てもハエの卵だった。
そう指摘すると指で卵を潰し何事もなかったように「食べなさい」と言う。
母自身はそれを食べない。
…失礼、ちょっと吐いてくる。

閑話休題

そのような家に妹夫婦は寄り付かなくなった。
こどもが喘息を起こして救急外来に飛びこむことが続いて、妹は無言で掃除機をかけたり部屋を片付けたりする。
母が拗ねたり嫌がったりすると妹は「掃除機くらいかけろ」と大声を出し、それを母が怖がる。

妹に電話がつながらない、と母に言われて私のケータイからかけるとつながる。
どうやら妹は母の番号を着信拒否にしているらしい。

「どうせ私が悪いんでしょ。全部私が悪いんでしょ。ええ、そうでしょうとも」が母の口癖だ。
拗ねた母は外に出て庭の雑草をブチブチとむしりながら「私の物は全部捨てられるんだ」と繰り返している。
その光景を生前の父は「母さんが宇宙と交信してる」と言った。
笑っている場合ではなく、しかるべき病院に連れていく必要があったのではないかと今は思う。

現在、私は実家を出て一人暮らしをしている。
部屋中に溢れる物に囲まれて。
このままでは母の二の舞になるという恐怖心があるのに物を減らすことができない。
テーブルの上は電卓、電子辞書、ノート類、スマホ、財布、飴、リモコン。
その隙間にノートパソコンを置いてこれを書いている。
気がむくとアクリルたわしを山のように編むところまで母に似ている。

一人で片付けようにも段取りができない。

手伝ってくれる人を探す勇気が欲しい。